阿久津氏
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圷氏
常陸国の圷氏には、数流あり。常陸太田天神林の圷氏は本姓を源氏とし、伊豆国の蛭ヶ小島に挙兵した源頼朝に随い、その幕下として働き、後に常陸国那珂郡阿久津郷に住まうという。同氏は後に佐竹氏に仕え、佐竹義人の代に八代 圷重遠が天神林に移り住み、以来子孫その地に住まうという[2]。
近世の圷氏
なお、常陸国では尊王志士・義民として圷氏の名が見られる。
- 圷吉兵衛 那珂郡竹合村の百姓。安政2年(1855年)に編纂された『御領内義民賞典姓名録』に心得宜敷につき、麻上下御免とある。同年9月4日付け、9月5日申し渡し[3]。
- 圷啓介 那珂郡塩子村の義民。組頭。諱は珍善。天狗党の乱に加わり、慶応3年(1865年)9月1日、水戸で獄死する。享年36(38ともいう)。靖国神社合祀[4]。
- 圷忠次郎 那珂郡山方村の義民。元治元年(1864年)9月11日、久慈郡中染村で戦死。享年36。靖国神社合祀[5]。
- 圷茂兵衛 那珂郡山方村の義民。元治元年(1864年)9月、久慈郡中染村で傷を負い、捕らわれる。同月3日、獄死。享年58。靖国神社合祀[6]。
- 圷孫蔵 孫兵衛ともいう。久慈郡小島村の義民。慶応元年(1865年)3月12日、敦賀にて斬首。享年23。靖国神社合祀[7]。
- 圷松兵衛 諱は秀則。那珂郡西塩子村の小山守。慶応2年(1866年)5月26日、江戸佃島で獄死。享年52。靖国神社合祀[8]。