阿蘇惟将 From Wikipedia, the free encyclopedia 時代 戦国時代 - 安土桃山時代生誕 永正17年(1520年)死没 天正11年11月2日(1583年12月15日)改名 千寿丸(幼名)→惟将 凡例阿蘇 惟将時代 戦国時代 - 安土桃山時代生誕 永正17年(1520年)死没 天正11年11月2日(1583年12月15日)改名 千寿丸(幼名)→惟将幕府 室町幕府氏族 阿蘇氏父母 父:阿蘇惟豊、母:不詳兄弟 入田親誠正室、惟将、惟種テンプレートを表示 阿蘇 惟将(あそ これまさ)は、戦国時代から安土桃山時代にかけての武将。肥後国の戦国大名。阿蘇氏(阿蘇神社大宮司)。 永正17年(1520年)、阿蘇惟豊の子として誕生。 天文10年(1541年)、阿蘇氏家臣の御船城主・御船房行が薩摩国の島津氏に通じて父・惟豊に反旗を翻した際、父の命を受け惟将は討伐軍の大将として甲斐宗運の補佐もあり、木倉原の戦いで御船方に勝利し益城郡御船城を攻略、房行を自刃に追い込んだ。 永禄2年(1559年)、父・惟豊が死去したために家督を継ぐ。この頃の阿蘇氏は、島津氏や肥前国の龍造寺氏らの圧迫を受けて苦しんでいたが、惟将は甲斐宗運を重用して豊後国の大友氏らと手を結んで、独立の維持を図ったという。その後も他の勢力と巧みに手を結びながら、独立を終生維持した。 天正11年(1583年)、死去。家督は弟・惟種が継いだ。 脚注 [脚注の使い方] 出典 熊本日日新聞編纂・発行『熊本県大百科事典』、1982年、19頁 阿蘇惟之編『阿蘇神社』学生社、2007年 Related Articles