阿部嵩之

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愛称 あべたか
生年月日 (1986-06-12) 1986年6月12日(38歳)
国籍 日本の旗 日本
阿部嵩之
Takayuki Abe
基本情報
愛称 あべたか
生年月日 (1986-06-12) 1986年6月12日(38歳)
国籍 日本の旗 日本
出身地 北海道古宇郡神恵内村
身長 177cm
体重 66kg
選手情報
所属 ヴェロリアン松山
分野 ロードレース
特徴 ルーラー
アマチュア経歴
2010-2012 ParkHotel Valkenbulg
プロ経歴
2009-2012 シマノレーシング
2013 TeamUKYO
2014-2023 宇都宮ブリッツェン
2024- ヴェロリアン松山
最終更新日
2024年1月1日

阿部 嵩之(あべ たかゆき、1986年6月12日 - )は、北海道出身の自転車プロロードレース選手である。

ツール・ド・北海道

神恵内村で生まれ幼少期を過ごし、余市町で小学生になった。小学校生活を満喫していたある日、「嵩之、ツール・ド・北海道を見に行くぞ」と父に誘われ、一緒に観に行ったのがロードレースとの出会いだった。
目の前を通る選手達のスピード、ホイールの音、声、変わった臭い? そして巻き起こる風。一瞬で消えていったのに、ずっと残っている記憶。感動しその帰り道に「自転車選手になる」と言っていたとは父の談。しかし、ロードレースに接することなく、学校のクロスカントリースキー少年団に所属し大学生まで続けた。
その後に自転車を始め、ツール・ド・北海道に参戦することになった。2006年は、自転車を始めたばかりの年であり、時速30km/hすら維持出来ない状態から、たった3ヶ月で予選レースを迎えることになった。辛いトレーニングだったが、選抜メンバーに選ばれた。

2015年の時点で、ツール・ド・北海道に7回参戦しているが、2010年から2012年の3年間は渡欧しオランダのアマチュアチームParkHotel Valkenbulgで活動していた[1]ため、ツール・ド・北海道には参加できなかった。

シクロクロス参戦

ロードレースで下りのコーナリングなどのバイクコントロールが年々落ちていると感じていた。2015年に転倒して骨折したことも大きかった。路面の悪いシクロクロスで慣れておけばロードでの転倒も避けれるかもしれない。もともとシクロクロスにも関心があり、2012年に関西シクロクロスでのレース出場経験[2]もあったので、2015年12月の宇都宮シクロクロスシリーズ第2戦からシクロクロスに本格的に参戦した。[3]

松山のチームへ

2023年10月8日、今シーズン限りで阿部ら選手5人が退団することを宇都宮ブリッツェンが発表[4]。10月17日、2024年シーズン所属のヴェロリアン松山が会見を開き、清水裕輔の監督就任とともに阿部の加入を公表[5]

来歴

2006年

  • 9月18日 ツール・ド・北海道 最終日の大通り公園クリテリウム 区間新人賞

2008年

  • ロードレーサーになる夢を追うと決め、大学を中退

2009年

  • シマノレーシングに加入
  • ツール・ド・おきなわ総合2位
  • JPT 飯田ロードレース 優勝
  • シマノ鈴鹿国際ロードレース 2位

2011年

  • 10月16日 JPT第16戦 第4回JBCF輪島ロードレース 優勝

2012年

  • Molenbeek-Welsbeek 優勝
  • Wiererweekend Buchten 優勝

2013年

  • チームUKYOに加入。
  • 4月20日 JPT第2戦 南紀白浜TTT 優勝
  • 7月14日 JPT第9戦 第12回JBCF石川サイクルロードレース 東日本大震災復興支援大会[6] 優勝
  • 9月14日-16日 ツール・ド・北海道 山岳賞[7]

2014年

  • 宇都宮ブリッツェンに加入。
  • 西日本チャレンジ 優勝
  • 7月27日 JPT第12戦 JBCF 湾岸クリテリウム2014 優勝
  • 10月26日 JPT第19戦 第4回JBCF 知多半島・美浜クリテリウム 優勝
  • ジャパンカップ山岳賞

2015年

  • 9月11日 ツール・ド・北海道 第一ステージでパレード区間後のアタック合戦で落車し左手首を骨折。応急処置して復帰したが、84km地点の補給所にてリタイア[8]
  • 12月13日 宇都宮シクロクロスシリーズ第2戦 - みずほの自然の森公園ステージ C2 2位[9]
  • 12月23日 湘南シクロクロス 第2戦開成町大会 C1 2位[10][11]
  • 12月27日 湘南シクロクロス 第3戦中井中央公園 C1 4位[12][13]

2016年

  • 6月16日 ツール・ド・熊野プロローグ 優勝[3]
  • 6月24日 全日本選手権ITT 5位[14]
  • 7月31日 JPT JBCF湾岸クリテリウム2016 2位[3]
  • 8月7日 JPT第13戦 JBCF みやだクリテリウム 10位[15]
  • 8月28日 JPT第15戦 JBCF やまぐちクリテ 8位[16]
  • 9月2日 ツール・ド・北海道 第3ステージ リタイア[17]
  • 9月11日 JPT第16戦 JBCF TTチャンピオンシップ 5位[18]
  • 10月15日 JPT第20戦 JBCF 南魚沼ロード 10位[19]
  • 10月22日 ジャパンカップサイクルロードレースはクリテリウムのみ出場 70位[20]
  • 10月29日 JPT第22戦 JBCF おおいたクリテリウム 7位[21]
  • 11月5日 弱虫ペダル STARLIGHT CROSS in CYCLEMODE 4位[22]
  • 11月20日 関西シクロクロス マキノラウンド - UCI-C2 - JCX第5戦 7位[23]
  • 11月26日 RAPHA SUPERCROSS NOBEYAMA Day1 - UCI-C2 - JCX第6戦 18位[24]
  • JPT 個人総合14位[3]

2017年

  • 2月 練習中に転倒して腕を負傷し、1週間はバイクに乗っての練習ができなかった[3]
  • 6月23日-25日 第21回全日本選手権 当初は出場予定だったが練習中の怪我が回復せず欠場[25]
  • 7月29日 JPT第12戦 第1回 JBCF 大田原クリテリウム 15週目と20週目の周回賞獲得、総合は76位[26]
  • 10月21日 ジャパンカップ・クリテリウム 8位[27]

2024年

  • ヴェロリアン松山へ移籍[5]

出典

脚注

外部リンク

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