院家
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寺院塔頭としての院家
僧侶身分としての院家
寺院の格式としての院家
宇多天皇が出家して仁和寺に入った際に、それに従った皇族を院家衆と称したことに始まる[1]。のちに、親王や貴族が出家して、その法系を継ぐ寺室を院家と称するようになった[1]。鎌倉時代以降には、門跡に付随する由緒ある寺院を指すようになった[1]。
門跡寺院に付属する院家の代表的なものとしては延暦寺の青蓮院、興福寺の一乗院・大乗院、醍醐寺の三宝院、南禅寺の金地院、相国寺の鹿苑院などが挙げられる。こうした院家からは凡僧は排除されて皇族・貴族身分の学侶だけが止住を許されていた。
また、新たに門跡寺院に加えられた寺院が自己の別院・末寺を院家として設定することも行われており、永禄3年(1560年)には前年の本願寺の門跡寺院指定に伴って摂津富田の教行寺や伊勢長島の願証寺などの9ヶ所の末寺が尊朝法親王によって院家として定められている。