日中戦争に伴う補給と軍備充実のための兵器需要の増大が、兵器行政の効率化を促した。そのため、1940年(昭和15年)4月1日、陸軍兵器廠と陸軍造兵廠を統合し新組織の陸軍兵器廠とした[1]。新兵器廠を統括する陸軍兵器本部が設けられ、兵器補給廠(兵器支廠を改称)、造兵廠(工廠を改称)を下部組織とした。これにより兵器資材の製造、修理、調弁、貯蔵、補給を一元的に処理する体制を整えた。
戦局の悪化に伴い、さらに兵器行政の一元化が求められ、1942年(昭和17年)10月、陸軍兵器行政本部に統合され陸軍兵器本部は廃止された。