陽徳郡
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地理
行政区域
1邑・18里を管轄する。
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歴史
前近代
高麗時代の938年、陽巌鎮が設置された。983年には新たに樹徳鎮が置かれた。
近代
1895年、平壌府所属の陽徳郡となり(二十三府制)、1896年に平安南道所属となった(十三道制)。1914年、大邱面を成川郡に移管し、9面からなる陽徳郡が編成された。1943年には陽徳面が陽徳邑に昇格した。
1945年8月15日の時点で、陽徳郡には1邑6面(陽徳邑、東陽面、大倫面、温泉面、双龍面、化村面、呉江面)が存在した。
第二次世界大戦後
1952年12月、双龍面・化村面・呉江面が分割されて新陽郡が編成され、残る陽徳面・東陽面・大倫面・温泉面で陽徳郡が再編された(1邑22里)。
1967年には2里が新陽郡に編入された。
2003年時点で、1邑18里から構成される。
年表
この節の出典[1]
- 1914年4月1日 - 郡面併合により、平安南道陽徳郡の一部(大邱面)が成川郡に編入。陽徳郡に以下の面が成立。(9面)
- 郡内面・大倫面・温泉面・九龍面・洛川面・下龍面・上龍面・化村面・呉江面
- 1924年 - 郡内面が東陽面に改称。(9面)
- 1929年4月1日 (7面)
- 九龍面・洛川面が合併し、陽徳面が発足。
- 下龍面および上龍面の一部が合併し、双龍面が発足。
- 上龍面の残部が化村面に編入。
- 1941年10月1日 - 陽徳面が陽徳邑に昇格。(1邑6面)
- 1947年 - 陽徳邑が陽徳面に降格。(7面)
- 1952年12月 - 郡面里統廃合により、平安南道陽徳郡陽徳面・大倫面・温泉面・東陽面をもって、陽徳郡を設置。陽徳郡に以下の邑・里が成立。(1邑22里)
- 陽徳邑・龍渓一里・龍渓二里・太興里・樹徳里・平元里・松洞里・雲倉里・鳳渓里・温井里・日巌里・隠下里・巨上里・上信里・龍巌里・三渓里・上城里・東陽里・龍坪里・士基里・九龍里・通洞里・楸馬里
- 1954年 (1邑20里)
- 龍渓一里および龍渓二里の一部が陽徳邑に編入。
- 龍渓二里の残部が上信里に編入。
- 1967年 - 平元里・松洞里が新陽郡に編入。(1邑18里)
- 1991年 - 太興里・樹徳里の各一部が陽徳邑に編入。(1邑18里)