隆崇院 (恵那市)
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位置
北緯35度22分11.0秒 東経137度26分17.1秒 / 北緯35.369722度 東経137.438083度座標: 北緯35度22分11.0秒 東経137度26分17.1秒 / 北緯35.369722度 東経137.438083度
山号
晴雲山
宗派
浄土宗
| 隆崇院 | |
|---|---|
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| |
| 所在地 | 岐阜県恵那市岩村町1450 |
| 位置 | 北緯35度22分11.0秒 東経137度26分17.1秒 / 北緯35.369722度 東経137.438083度座標: 北緯35度22分11.0秒 東経137度26分17.1秒 / 北緯35.369722度 東経137.438083度 |
| 山号 | 晴雲山 |
| 宗派 | 浄土宗 |
| 本尊 | 阿弥陀如来 |
| 創建年 | 正保3年(1646年) |
| 開山 | 轉入 |
| 開基 | 松平乗寿 |
| 法人番号 | 1200005009494 |
隆崇院(りゅうそういん)は、岐阜県恵那市岩村町1450にある浄土宗の寺院。恵那市指定史跡の石室千体仏は隆崇院が管理している。
隆崇院は、岩村藩初代藩主の松平家乗の娘で、知久直政に嫁いで寛永9年(1632年)に没した「隆崇院殿晴雲貞受大姉」から名付けられた。
慶長6年(1601年)、松平家乗は上野国那波藩から岩村藩に転封となると、岩村城近くの山麓に久翁山 龍巌寺を建立した。
慶長19年(1614年)に家乗が没すると、龍巌寺内の墓地に埋葬された。寛永15年(1638年)、2代藩主の松平乗寿が浜松藩へ転封となると龍巌寺は廃されて、その旧閣に、次に岩村藩主となった丹羽氏信が菩提寺の大椿山 妙仙寺を移した。
家乗の墓守として龍厳寺の塔頭に住んでいた僧が、引き続き庵を建てて住んでいたが、正保3年(1646年)に浜松藩からさらに館林藩に転封となった松平乗寿が、父の家乗の三十三回忌の法要を営むにあたり、落合村の万福寺から轉入を迎え、この庵を改めて晴雲山 隆崇院として開山した。寺は妙仙寺の西隣にあった。
その規模について、元禄16年(1703年)の岩村差出帳には、
佛殿 五間十間 庫裡 四間九間 鐘撞鐘堂 九尺四面
とあり、その後も拡張され、安政7年(1860年)の頃には惣門があり、高塀が、二十四間も続いていたという。
しかし慶応年間に寺域を取り払い、本堂を大通寺 観音堂へ移転した。
大通寺観音
山門
絵天井
観音堂の外陣の絵天井は、狩野派によって描かれたものである。
指定文化財・天然記念物
その他寺宝
弁財天社
境内には、岩村城の二の丸にあった弁財天社が移築されている。