青い山脈 (曲)
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1981年1月1日に放送されたTBS「全国歌謡曲大調査、明治から昭和この百年!史上最大のベストテン」では一位を獲得した[2]。また、上述の1989年に放送されたNHK『昭和の歌・心に残る歌200』でも一位を獲得している。
この曲を歌った藤山一郎と作曲者の服部良一は共に国民栄誉賞を受賞している(作詞の西條は国民栄誉賞創設以前に死去)。
NHK紅白歌合戦では、藤山が紅白歌合戦30回記念として特別出演した1979年の「第30回NHK紅白歌合戦」でメドレー内で歌唱されたのと、紅白40回記念として第1部が「昭和の紅白」として開催された1989年の「第40回NHK紅白歌合戦」の計2回歌唱されている。
作曲者の服部良一は、著書[3]の中で「梅田から省線に乗って、京都に向かう途中のこと、日本晴のはるか彼方にくっきりと描く六甲山脈の連峰をながめているうちににわかに曲想がわいてきた」と記している。近年、これを曲解し北摂地方の山並みとしている資料もあるが誤りである。 そして、この列車の中で手帳に書きとめようとしたが、生憎車内は買い出しの客で満員。五線譜を書くことができない。とっさの思いつきでハーモニカの番号を書いたという。服部自身「周りの人も、闇屋が計算していると思ったのでしょうね。」と回想している。
藤山一郎と奈良光枝がデュエットで歌唱している映像は1975年に放送された「第7回思い出のメロディー」のものが現存している(奈良は1977年に53歳で死去)。
カラオケ(初出はコロムビア製レーザーディスクカラオケ)では藤山一郎自身が出演している。
秋田県横手市にて石坂が教鞭を取っていたこともあって、横手駅のご当地発車メロディーとしてこの曲を流している[4]。