青江忠一
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東京府神田東松下町の呉服屋[注釈 1]に生まれる[1]。千桜小学校、大成中学校を卒業し、1942年(昭和17年)に法政大学予科に入学する。戦中は学徒出陣し、千葉県習志野の騎兵部隊に配属される。その後、戦車部隊に配属され、終戦時に少尉[注釈 2]に任官する[1]。1949年(昭和24年)に法政大学経済学部を卒業し、貿易会社に入社する、在学中は馬術部や応援団で活動する[1]。
1952年(昭和27年)頃に島田正雄に誘われ、島田の経営する「やなぎ」に勤めはじめる。1956年(昭和31年)に銀座二丁目の並木通りにゲイバー「青江」を開店し[1]、1957年(昭和32年)に鎌倉に支店を出す。1968年(昭和43年)にパリに出店し[注釈 3]、パリの店はカルーセル麻紀をマダムに据える[1][2]。その後、錦糸町、六本木に移転する。