青野慶久
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戸籍名と夫婦別姓訴訟
埼玉県浦和市(現:さいたま市浦和区)生まれ、愛媛県 越智郡玉川町(現:今治市)育ち[1][2]。父親は筑波宇宙センターにも派遣されたことがある警察の通信技術者で、全国各地の県警に転勤を繰り返していた[2]。1971年に転勤先の埼玉県浦和市で生まれ、岡山県、松山市などを転々とした後、8歳のときに父親が単身赴任となり、愛媛県今治市の近郊にある父親の実家で18歳まで過ごした[2]。父親は愛媛県、母親は香川県出身[2]。
愛媛県立今治西高等学校、大阪大学工学部卒業後、松下電工でBA・セキュリティシステム事業部営業企画部に勤務。1997年に同僚2人とサイボウズを愛媛県松山市で設立。取締役副社長[3]としてマーケティングを担当し、ウェブグループウェア市場の開拓に尽力した。のちに「サイボウズ デヂエ(旧DBメーカー)」「サイボウズ ガルーン」など新商品のプロダクトマネージャーとしてビジネスを立ち上げ、事業企画室担当、海外事業担当を務めた。2005年から代表取締役社長[3]を務める。
2001年に結婚し、配偶者の姓を選択して戸籍の氏を『西端』としたが、旧姓を通称として用いる[4]。
選択的夫婦別姓制度導入に賛同し[5]、ブログで「社長になり、本名で書かなければならない公式書類が増えたので、誤解されないように、最近は本名が西端であることを併記しております。日本では夫婦別姓が認められておりませんので、婚姻届を出すときに、どちらかの姓に合わせなければなりません。名字を変えるのはたいへんです。世の女性の苦しみがわかります。早く夫婦別姓が認められるようになることを期待しています。」と記す[6][7]。
2018年1月9日に、日本人と外国人の結婚は同姓か別姓を選択可能だが、日本人同士の結婚では氏を選択できないことは「法の下の平等」を定めた日本国憲法に違反するとして、日本国政府に対して提訴した[8][9][10][11]。法律婚した男性による夫婦別姓について初めての訴訟となる[10]。2021年6月28日に敗訴した。同年の第49回衆議院議員総選挙で、選択的夫婦別姓や同性婚を認めない候補者について落選運動した[12]。
エピソード・発言
- 自ら育児休暇を取得した[13]。
- 働き方は「均一化した、単一的な、一律的なもの」から、「多様な、柔軟性の高いもの」へ移行するべき、「価値観も多様な方向に切り替えていくことが、働き方改革の本質」[1]である。「働き方改革を進めることで、異なるモチベーションを引き出すことができる」[14]。「残業時間を減らすなどのワークライフバランスの推進は、女性だけでなく男性も含めて日本全体が、本気で取り組まなければならない問題」[15]。
- 「100人いれば100通りの人事制度があっていい」[16]。
- 「都合の悪い仕事は休んで休んで休んでまいります。」と、当時の内閣総理大臣である高市早苗が党首討論を休んだ件について、揶揄した。
書籍
著書
- 『ちょいデキ!』(2007年9月21日、文藝春秋 文春新書)ISBN 978-4166605910 ※電子書籍でも発行済
- 『チームのことだけ、考えた。 サイボウズはどのようにして「100人100通り」の働き方ができる会社になったか』(2015年12月1日、ダイヤモンド社)ISBN 978-4478068410 ※電子書籍でも発行済
- 『会社というモンスターが、僕たちを不幸にしているのかもしれない。』(2018年3月1日、PHP研究所)ISBN 978-4569837260
- 『「選択的」夫婦別姓 IT経営者が裁判を起こし、考えたこと』(2021年11月20日、ポプラ社 ポプラ新書)ISBN 9784591171165
- 『選択的夫婦別姓は、なぜ実現しないのか? 日本のジェンダー平等と政治』(編者:ジェンダー法政策研究所 辻村みよ子 大山礼子 青野慶久 ほか)(2022年12月19日、花伝社/共栄書房)ISBN 9784763420428
監修
- 『「わがまま」がチームを強くする。』(著者:サイボウズチームワーク総研、監修:青野慶久)(2020年5月20日、朝日新聞出版)ISBN 9784023318700