面山瑞方 From Wikipedia, the free encyclopedia 面山 瑞方(めんざん ずいほう、1683年12月22日(天和3年11月5日)- 1769年10月16日(明和6年9月17日))は、江戸時代中期の僧である。曹洞宗。本姓は今村。 肥後の生まれ。15歳(16歳とも)で母と死別したことにより、出家する。後に江戸に出て卍山道白及び梅峰竺信の門人となった。 後に陸奥の仙台に出て、損翁宗益と共に曹洞宗の興隆に携わり、黄檗宗の卍山と共に曹洞の中興を成し遂げた。1705年(宝永2年)に相模の老梅庵の住職となり、以後生まれ故郷の肥後の禅定寺や清潭寺、豊後の醍醐寺、若狭の空印寺等の住職を歴任した。また、晩年には関東や畿内を行脚し、「建康普説」といった新しい仏法を生み出し、多くの著書を残した。 1741年(寛保元年)より若狭の永福庵に建立し、居住した後に上洛して1769年(明和6年)に建仁寺にて入滅した。入滅後も庶民から「婆々面山」と呼ばれ、今日も伝えられるようになった。 主な著作物 主著 『正法眼蔵渉典録』- 全10巻。 『広録』- 全26巻。 その他の著書 『紀行』 『聞解』 『訂補建撕記』 『戒法』 出典 デジタル版 日本人名大辞典+Plus(講談社)『面山瑞方』- コトバンク 朝日日本歴史人物事典(朝日新聞出版)『面山瑞方』- コトバンク 日本大百科全書(小学館)『面山瑞方』- コトバンク 典拠管理データベース 全般 FAST ISNI VIAF 国立図書館 ドイツ イスラエル アメリカ その他 IdRef Related Articles