靺鞨語

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靺鞨語(まっかつご)は、靺鞨が使用していた言語である。

概要 靺鞨語, 話される国 ...
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概要

靺鞨の前身というべき挹婁勿吉について、『魏志』東夷伝挹婁条は「その人の形夫余に似る。言語、夫余、句麗と同じからず」とある。『北史』勿吉伝は「勿吉国は高句麗の北にあり。一に靺鞨と曰う。…言語、独り異なる」とあり、靺鞨の言語は周辺諸民族ときわだって異なっていた[5]。さらに、靺鞨語とはいえ、越喜靺鞨鉄利靺鞨払涅靺鞨などの靺鞨諸部族によって多様な差異方言があったとみられる[5]。 

エ・ヴェ・シャフクノフ(英語: Ernst Vladimirovich Shavkunovロシア語: Эрнст Владимирович Шавкунов)の研究によると、渤海人靺鞨の名前の後尾には「蒙」の字が付いていることがあるが(烏借芝蒙、己珎蒙、慕思蒙など)、これは靺鞨語の重要な膠着語尾の一つを示しており、ツングース系民族は氏族を「木昆 (満州語: ᠮᡠᡴᡡᠨ、 転写:mukūn)」「謀克」と称しているが、「蒙」の音が「木」や「謀」の音と近いことを考えると、この「蒙」の音はその人が属する氏族を表す音節であろうと推測できる[6]

810年5月、来日した渤海使の一員である首領の高多仏が使節団から離脱して、越前国にとどまり、亡命した。その後、高多仏は越中国に移されて、史生羽栗馬長と習語生らに渤海語を教習した[5]。高多仏が教習した渤海語とは、靺鞨語とみられる[5]

脚注

関連事項

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