韋温

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韋 温(い おん、生年不詳 - 710年)は、外戚中宗韋皇后の従兄にあたる[1]本貫京兆府万年県

邢州刺史の韋玄儼(韋玄貞の兄)の子として生まれた。はじめ汴州司倉参軍として試用されたが、不正に財産を蓄えた罪により罷免された。神龍2年(706年)、宗正寺卿に抜擢された。礼部尚書に累進し、魯国公に封じられた。景龍3年(709年)、韋温は太子少保・同中書門下三品となり、そのまま揚州大都督を遥任した。景龍4年(710年)6月、韋皇后が中宗を毒殺すると、韋温は内外の兵馬を総知することとされた。臨淄郡王李隆基の起兵により韋皇后が討たれると、韋温は一族ととともに斬られた[2][3]

脚注

伝記資料

参考文献

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