韋温 From Wikipedia, the free encyclopedia 韋 温(い おん、生年不詳 - 710年)は、唐の外戚。中宗の韋皇后の従兄にあたる[1]。本貫は京兆府万年県。 邢州刺史の韋玄儼(韋玄貞の兄)の子として生まれた。はじめ汴州司倉参軍として試用されたが、不正に財産を蓄えた罪により罷免された。神龍2年(706年)、宗正寺卿に抜擢された。礼部尚書に累進し、魯国公に封じられた。景龍3年(709年)、韋温は太子少保・同中書門下三品となり、そのまま揚州大都督を遥任した。景龍4年(710年)6月、韋皇后が中宗を毒殺すると、韋温は内外の兵馬を総知することとされた。臨淄郡王李隆基の起兵により韋皇后が討たれると、韋温は一族ととともに斬られた[2][3]。 脚注 ↑ 旧唐書 1975, p. 4743. ↑ 旧唐書 1975, pp. 4744–4755. ↑ 新唐書 1975, p. 5844. 伝記資料 『旧唐書』巻183 列伝第133 『新唐書』巻206 列伝第131 参考文献 『旧唐書』中華書局、1975年。ISBN 7-101-00319-2。 『新唐書』中華書局、1975年。ISBN 7-101-00320-6。 典拠管理データベース VIAFWorldCat Related Articles