須々木主一
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職歴
1932年、秋田県横手市の日本基督教団関係者の家に生まれる。東京都立武蔵高等学校を経て、1955年に早稲田大学第一法学部を卒業[1]。そのまま、早稲田大学大学院法学研究科修士課程・博士課程へと進み、在学中、齊藤金作に師事する。1958年に早稲田大学比較法学研究所助手、1961年に早稲田大学法学部専任講師に嘱任すると、その後1964年に同大同学部助教授、1969年に同大同学部教授に嘱任する[1]。
師である齊藤金作より、刑事政策の研究を勧められ、独学で刑事政策を学ぶ。刑事政策の学問的方法を巡っては、これを規範科学であると論じ、事実学とした立教大学法学部教授の所一彦と論争を繰り広げた(「所=須々木論争」)[2][3][4]。また、刑事政策の評価基準について、「手段としての合理性・相当性・補充性」という点を唱えるなど、刑事政策の学問的体系化に注力した[5]。
父の影響で熱心なキリスト教徒であり、日本基督教団千歳船橋教会に招聘されていた北森嘉蔵の影響を強く受ける。
2004年に早稲田大学を定年退職し、同大名誉教授となる。
2014年に肺がんのため故郷の秋田県横手市にて死去。
同じ齊藤金作門下の兄弟子である元早稲田大学総長・同大名誉教授の西原春夫は、姉の夫に当たり義理の兄弟の関係でもある。
また、その息子で元早稲田大学社会科学総合学術院教授(専門は比較憲法学)の西原博史は、甥に当たる。