飛騨みやがわ考古民俗館
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来歴
郷土文化伝習館は、旧宮川村の民俗資料を収集展示する施設として、1989年12月に竣工し1990年4月に開館した[3]。同年10月には収蔵庫が完成[4]、1987年3月3日に「宮川及び周辺地域の積雪期用具」として国有形民俗文化財の指定を受けた2,800点をはじめとする民俗資料を一括して収蔵した[5]。1991年には、当時村内に残っていた唯一の茅葺き家屋である旧中村家を移築した[5]。
1990年代には、旧宮川村内で国道360号に伴う工事等で発掘調査が激増した。多量の考古資料の保管施設が必要となり、1995年9月、展示室・整理作業室・収蔵庫を兼ね備えた出土文化財管理センターが、郷土文化伝習館に隣接して建てられた。
1995年9月19日に4施設をまとめて飛騨みやがわ考古民俗館として開館し[6][7]、2004年に町村合併により飛騨市が成立すると、同市の施設となった。
アクセスが悪いこと、開館日が少ないことなどの理由で資料館は閉鎖も取り沙汰されるような事態であってあったが、2019年よりIT企業・金融機関・建築士と学芸員とでプロジェクトチーム「石棒クラブ」を立ち上げ、ソーシャルメディアなどを用いた広報活動を開始した[8][9]。塩屋金清神社遺跡で出土した石棒類1,074 本を撮影し、ほぼ毎日1点ずつInstagramで公開する「一日一石棒」のプロジェクトを実施している[10]。新型コロナウイルス感染症拡大による閉館中、2020年5月3日に、飛騨みやがわ考古民俗館を舞台に、石棒クラブでオンラインツアーを実施したが、ツアーには200名近い参加があった[11]。