塩竃金清神社
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創建時期は不詳。塩屋秋貞がこの地に塩屋城を築いた後、陸奥国鹽竈神社から勧請し創建。同時に境内に伊邪那岐命を祭神とする金精明神を創建する。金精明神は後に金清神社に改称する。
1877年(明治10年)に金清神社を合祀する[2]。1931年(昭和6年)に白山神社を合祀する[3]。
1942年(昭和17年)に社名を塩竃金清神社に改称する[1][3]。
塩竃金清神社の境内からは古くから縄文時代の磨製石器石棒が発掘されており、石棒を男根(金精神)に見立て、夫婦和合、安産、子宝、下半身の病気にご利益があると言われている。また、塩竃金清神社の近くの塩屋金清神社遺跡では1000本以上の石棒が発掘されている[4]。塩屋金清神社遺跡の発掘物のうち縄文土器39点、石棒(未製品破片を含む)119点、石棒製作時の削片24点、敲石50点、砥石15点、御物石器1点、石冠4点が、1997年(平成9年)7月29日に岐阜県重要文化財に指定されている[5]。発掘物の一部は近くの飛騨みやがわ考古民俗館に展示されている。
主祭神
主な祭礼
- 例祭 - 4月29日、金蔵獅子を奉納
- 夏季御祈祷 - 8月中旬
- 秋祭り - 10月第3日曜日