首部 (岡山市)
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山
歴史
古代は津高郡駅家郷に属した[2]。1646年(正保3年)の『備前国九郡田畠高帳』によると村高217石のうち田が179石、畑が37石であり、田圃の占める割合が非常に高い村であった[3]。
1889年(明治22年)に楢津村、今岡村、山崎村、佐山村と合併し平津村の一部となり、1955年(昭和30年)に平津村が馬屋下村、一宮村と合併したことで一宮町の一部となった[3]。1971年(昭和46年)に一宮町が岡山市に編入合併されたことで岡山市の一部となり現在に至る[3]。なお1974年(昭和49年)の住居表示事業によって一部が津島笹が瀬、津島京町3丁目の一部に編入された[3]。
地名の由来
地内にある首塚にちなみ首部と名付けられたとされる[2][3]。この首塚の首の主については諸説あり、吉備津彦命が討伐した鬼の首とする伝承のほか、木曾義仲の笹ヶ迫攻撃の時に妹尾兼康軍の首を埋めた場所であるとする説や1336年(建武3年)の福山合戦で足利直義軍が大井田氏経軍の首を埋めた場所であるとする説がある[2][3]。
世帯数と人口
2022年(令和4年)5月時点の世帯数と人口は以下の通りである[4]。
| 世帯数 | 人口 | |
|---|---|---|
| 首部 | 232世帯 | 474人 |
