「日本の昭和恐慌からの脱出は全部、高橋是清の功績のように言うのはどうなのか、すでに情勢が変わってきていたことや満州事変が勃発していたことなども考えないと、評価が偏るのではないか」と指摘している[2]。
また、「失われた10年をデフレーションだけで説明できない。日銀はバブルを発生させ、バブル後に引き締め過ぎたかもしれないが、金融だけで失われた10年すべて説明するには無理がある。産業の問題や企業の失敗も、大きな影響となった。平成の経済停滞を『デフレ』というには、あまりにも物価の低下率が小さ過ぎる。産業自体のほうに大きな問題があって、金融はあまり関係ない」としている[2]。