馬場錬成
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東京理科大学理学部卒業。読売新聞社で社会部、科学部、解説部記者などを務め、2000年まで論説委員。
記者時代には、東京都と神奈川県の間を流れる多摩川でのカムバックサーモン運動の起ち上げで中心的な役割を果たした。1979年、テムズ川に鮭を呼び戻すことを目標に掲げて川の浄化運動をしていることを書いたイギリスの新聞記事に接して、馬場は、東京でも似たことができないかと考えた[1]。馬場は専門家や地方自治体の関係者に相談して、1981年2月に支流野川での試験放流にこぎつけた[2]。その年の秋に「多摩川にサケを呼ぶ会」を結成し、10月に読売新聞で記事にしたところ、大きな反響があり、多くの寄付金と参加者を得て、サケの稚魚飼育と放流を実施できるようになった[3]。1984年から試験放流されたサケと思われる個体が何例か多摩川に遡上したが[4]継続しなかった。
房総半島の栗山川での放流事業成功の報道に接して、南限河川の利根川よりさらに南にあり多摩川とほぼ同緯度の栗山川でのサケの回帰が実現したことから、多摩川でも回帰するはずとして稚魚放流を続けた[5]。しかし、栗山川上流[6]では平安時代に起源をもつ山倉大神の鮭祭りが長年にわたり営々と続けられており[7]、実際には南限河川は元々栗山川であり[8]、戦後の高度成長期に行われた用水事業などによる自然破壊のため、一時的に回帰が途絶えていたものを復活したにすぎず、自然遡上していたわけではない多摩川での回帰は実現していない。
退社後、科学ジャーナリストとして知的財産権強化の立場より積極的に提言を行っている。独立行政法人科学技術振興機構が2006年4月に設立した中国総合研究センターのセンター長に就任する等、中国の科学技術・知的財産事情を研究している。
これまで早稲田大学大学院客員教授、文部科学省科学技政策研究所客員研究官、文部科学省産学官連携戦略展開事業推進委員会委員、文部科学省学佼給食における衛生管理に関する調査研究協力者会議委員、文部科学省・大学等産学連携自立化促進プログラム推進委員会委員、独立行政法人日本スポーツ振興センター・学校における食の安全に関する実態調査委員会委員などを務めた。
ノーベル賞の研究者でもあり、数回にわたってノーベル財団を取材し、ノーベル賞受賞者の業績、自然科学系授賞3分野(物理、化学、生理学・医学)の選考委員会の評価の時代的変遷などを研究している。 また、食育・学校給食の振興に取り組んでおり、2006年から全国学校給食甲子園を創設した。食育シンポジウム、食育ワークショップを主催し、全国学校給食甲子園の応募書類をデータベース化して食材、地場産物の学校給食の使用状況などを分析し、食育学会で発表している。
受賞歴
- 2007年1月6日 「東京理科大学の建学の精神にのっとり科学の普及、発展に寄与した」として東京理科大学「坊っちゃん賞」
- 2009年11月26日 「学校給食の充実に尽力した功績」として文部科学大臣表彰
- 2011年10月22日 「臓器移植普及啓発の功労者」として厚生労働大臣表彰