馬田一
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兵庫県芦屋市出身。麻布高等学校卒業。1973年に東京大学大学院工学系研究科(冶金学専攻)修士課程を修了し、川崎製鉄に入社。
技術畑出身で、川崎製鉄では主に千葉や水島で製鉄所の製鋼部門を担当。本社では鉄鋼企画部、経営企画部など川鉄社長への登竜門となる企画部門を歩む。川鉄経営企画部長時代に大韓民国の鉄鋼メーカー現代ハイスコや東国製鋼とのアライアンス締結をまとめる。日本鋼管 (NKK) と川崎製鉄の経営統合協議では中核メンバーの一人として参加。JFEスチール専務時代は中国の広州鋼鉄企業集団と自動車用鋼板合弁事業「広州JFE鋼板」の設立などを手がける。
數土文夫の後を受け、2005年4月に56歳でJFEスチール第2代社長に就任。2006年5月には日本鉄鋼連盟会長となり、新日本製鐵(新日鉄)出身でない初の同連盟会長となる。
日本鉄鋼連盟会長の就任会見では、鉄鉱石や亜鉛など鉄鋼製品の原料高騰に触れて「需要家さんに(鋼材の値上げを)お願いしないといけない」と表明。また連盟会員の神戸製鋼所がばい煙データ改ざん問題を起こしたことについて「コンプライアンス(法令順守)は基本的な課題で、遺憾」と述べている[1]。
2010年4月1日、JFEホールディングス代表取締役社長に就任[2]。同年3月期の報酬が1億円を超えていたと報じられた[3]。
趣味は旅行、テニス。
略歴
脚注
- ↑ “鉄連新会長に馬田氏就任 神鋼の改ざん問題「遺憾」”. 共同通信. (2006年5月25日). https://web.archive.org/web/20140714123651/http://www.47news.jp/CN/200605/CN2006052501003225.html 2014年7月7日閲覧。
- ↑ “JFE社長に馬田氏 成長へ中国事業を加速”. 共同通信. (2010年2月24日). https://web.archive.org/web/20140714170236/http://www.47news.jp/CN/201002/CN2010022401000694.html 2014年7月7日閲覧。
{{cite news}}: CS1メンテナンス: 先頭の0を省略したymd形式の日付 (カテゴリ) - ↑ “報酬、パナソニック社長1億円超 日本調剤は日本人最高額”. 共同通信. (2010年6月28日). https://web.archive.org/web/20140714114944/http://www.47news.jp/CN/201006/CN2010062801000781.html 2014年7月7日閲覧。
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