本城は、下総国高井(現在の茨城県取手市)の小貝川の南の台地に立地した平山城である[1]。
城域全体の規模は約200メートル四方で、主郭と付随の2つの曲輪、外郭からなる。主郭は南北約65メートル・東西45メートルほどで土塁がめぐらされていた[1]。
築城時期は不明[1]。1590年(天正18年)に豊臣秀吉による小田原征伐で北条氏が滅亡。北条氏配下で当地を治めていた下総相馬氏は所領を没収され[2]、当城も廃城となった[1]。
1983年及び1993年に取手市により発掘調査が行われ、城郭跡は高井城址公園として整備された[3]。