高妙儀 From Wikipedia, the free encyclopedia 続柄 趙郡王第一王女全名 高妙儀称号 扶風公主身位 公主高妙儀続柄 趙郡王第一王女全名 高妙儀称号 扶風公主身位 公主出生 太寧元年(561年)死去 宣政元年(578年)(享年18)父親 趙郡王高叡テンプレートを表示 高 妙儀(こう みょうぎ、561年 - 578年)は、中国北斉の公主。傍系皇族の趙郡王高叡の娘で、扶風郡公主に封じられた。本貫は渤海郡蓨県。 祖父の高琛は東魏の権臣高歓の弟であったが、高歓から刑罰を受けて早くに死んだ。父の高叡は高歓に養育され、高歓の子の高洋が北斉を建てると趙郡王に封じられた。高妙儀は、高洋死後の帝位が目まぐるしく移る時代に生まれ、長じて雍州の扶風郡公主に封じられた。 北斉が北周に滅ぼされた翌年の578年に、鄴の都城で逝去した。数え18歳だった。同年4月23日、鄴の西北の郊外に埋葬された。史書や文献に没年の記載はないが、墓誌銘が発見されている。 参考資料 『扶風郡公主墓誌』来源:『漢魏南北朝墓誌匯』作者:趙超 Related Articles