高嶺駅 From Wikipedia, the free encyclopedia 所在地 沖縄県高嶺村与座北緯26度8分0秒 東経127度41分0秒 / 北緯26.13333度 東経127.68333度 / 26.13333; 127.68333座標: 北緯26度8分0秒 東経127度41分0秒 / 北緯26.13333度 東経127.68333度 / 26.13333; 127.68333所属事業者 沖縄県営鉄道所属路線 糸満線キロ程 12.3 km(国場起点)高嶺駅 たかみね Takamine ◄世名城 (1.7 km) (1.6 km) 兼城► 所在地 沖縄県高嶺村与座北緯26度8分0秒 東経127度41分0秒 / 北緯26.13333度 東経127.68333度 / 26.13333; 127.68333座標: 北緯26度8分0秒 東経127度41分0秒 / 北緯26.13333度 東経127.68333度 / 26.13333; 127.68333所属事業者 沖縄県営鉄道所属路線 糸満線キロ程 12.3 km(国場起点)駅構造 地上駅開業年月日 1923年(大正12年)7月11日廃止年月日 1945年(昭和20年)(事実上)テンプレートを表示 高嶺駅(たかみねえき)は、かつて沖縄県高嶺村与座(現在の沖縄県糸満市与座)に存在した沖縄県営鉄道 糸満線の鉄道駅(廃駅)である[1]。 1923年(大正12年)7月11日(同年7月10日とも[2]):糸満線の開通と同時に開業[1]。有人駅であった[2]。 1945年(昭和20年):沖縄戦による線路の破壊のため、路線自体が事実上廃止[3]。最終運行は3月28日頃[2]。 駅周辺 当駅は製糖工場に隣接しており、そこへサトウキビを運んだり、生産された砂糖を那覇駅まで運んだりする需要があったため、糸満線の駅の中でも利用者は多かった[2]。当駅では給水も行われていた[4]。現在は廃駅跡沿いには沖縄県道82号那覇糸満線が通っており、周辺には住宅街が広がっており、広場もある[2]。当駅と兼城駅との間には三角橋と呼ばれる土留め(擁壁)が残っている[5][6]。本駅跡から汽車道も残っている[5]。 隣の駅 沖縄県営鉄道 糸満線 世名城駅 - 高嶺駅 - 兼城駅 脚注 [脚注の使い方] 1 2 鉄道省『昭和12年10月1日現在鉄道停車場一覧』東京、1937年、441頁。 (覆刻:『昭和12年10月1日現在鉄道停車場一覧』鉄道史資料保存会、大阪、1986年。ISBN 4-88540-048-1。 ) 1 2 3 4 5 おきなわ鉄軌道ニュース2015特別号 沖縄県企画部交通政策課、2021年12月10日閲覧 ↑ 【廃線跡の思い出】沖縄県営鉄道糸満線 「旧・最南端」の終着駅に残っていたトイレ 乗りものニュース(2018年12月31日)、2021年12月10日閲覧 ↑ 市街地における水辺空間の再生調査(比謝川・天願川・報得川)沖縄玉水ネットワーク(2004年3月)、2021年12月10日閲覧 1 2 戦火に消えた「軽便」の名残 稲嶺駅跡(沖縄県・沖縄県鉄道) 朝日新聞(2012年1月10日)、2021年12月10日閲覧 ↑ 2012年度 第27回研究大会・総会 交通権学会、2021年12月10日閲覧 関連項目 日本の鉄道駅一覧 表話編歴沖縄県営鉄道 糸満線(廃線) (那覇 古波蔵 真玉橋 )国場 津嘉山 山川 喜屋武 稲嶺 屋宜原 東風平 世名城 高嶺 兼城 糸満 Related Articles