高文謙
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母傅秀は、元の名を林錦雙といい、清の高官林則徐の5世の孫である。高文謙は4人兄弟姉妹の一人で、現在、文青、文宜、文謙、文實の兄弟全員が中国国外で生活している。両親は文化大革命で迫害を被り、父の高天輝は、出獄後の1976年12月に肺癌で死去、母親は統合失調症となった。
高文謙は中国人民解放軍に入り、1980年に除隊して中国共産党中央文献研究室に勤務[1](室務委員)、周恩来生涯研究小組長を務める[1]。中国共産党による書籍『周恩来年譜』、『周恩来傳』、『毛沢東傳』などの編纂に参画する。1989年、六四天安門事件で学生運動に賛同した疑いで取調べを受ける。(同門で胡耀邦の秘書をしていた高勇、劉崇文も共に取調べを受けている。)1989年には妻子と共にアメリカに渡り、コロンビア大学東アジア研究所(2003年11月11日)、ハーバード大学フェアバンク研究センター (John K. Fairbank) (2004年3月25日)で訪問研究する。ニューヨーク市クイーンズ区在住。