高木和男
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人物
もともと病弱であった高木は家族の勧めで1918年(大正7年)東京から神奈川県高座郡藤沢町(現・藤沢市)鵠沼海岸にて療養を始めた。当初は短期の滞在であったが、1920年(大正9年)には転居し、以来晩年まで同地で暮らすこととなった。幼少期の体験から栄養学を志した高木は、栄養士の立場から労働者に食事の重要性を説いた。
持病の克服に成功した高木は長寿に恵まれ、晩年は地元の文化活動にも注力した。1999年、鵠沼海岸に高木和平記念館を開館、翌2000年には同館を拠点にNPO法人湘南栄養指導センター[3]を発足させた。2019年現在も、遺志を継いだ栄養士による指導などを行っている。
2014年3月に妻に先立たれた高木は後を追うように同年5月に没した。(享年95)高木の邸宅は遺言により藤沢市に寄贈され、「高木ふれあい荘」として福祉サービスの拠点となっている。
エピソード
著書
- 『栄養知識発達史』山雅房 1944
- 『調理科学の理論』河出書房 1947
- 『調理科学の実際』河出書房 1947
- 『栄養学概史 (栄養・食糧叢書)』第一出版 1953
- 『労働と栄養』雄山閣 1953
- 『栄養士のための統計と調査法』医歯薬出版 1958
- 『労働栄養学』第一出版 1964
- 『栄養学話の泉』第一出版 1968
- 『給食管理のすべて』労働科学叢書 労働科学研究所出版部, 1970
- 『社会栄養学』(労働科学叢書)労働科学研究所 1976
- 『食と栄養学の社会史』科学資料研究センター 1978
- 『栄養講話 栄養学を実践するために 増補改訂』第一出版 1979
- 『労働栄養学総説』第一出版 1979
- 『働くものの栄養学』(新日本新書) 新日本出版社 1980
- 『鵠沼海岸百年の歴史』菜根出版 1981
- 『「食」からみたヤマタイ国の成立』菜根出版 1984
- 『食からみた日本史』芽ばえ社 1986-87
- 『高木博士のアレルギー抵抗記 克服ののちに得たゆとり』芽ばえ社 1989
- 『新展開人の栄養 栄養生理学の新しい展開』芽ばえ社 1989
- 『食からみた日本史 現代編』芽ばえ社 1991
- 『踏み拓いた峠道 葉山又三郎とふゆ子の記録』菜根出版 1993
- 『食からみた日本史 完本』芽ばえ社 1997
- 『読みもの唯物弁証法』芽ばえ社 1999
- 『58歳からの栄養学 私の経験』芽ばえ社 1999
共著編
- 『調理学』児玉定子共著 柴田書店 1956
- 『調理学実験法』共著 柴田書店 1957
- 『栄養管理要項 栄養とその生理』沼尻幸吉共著.(労働科学叢書)労働科学研究所 1959
- 『栄養士のための栄養効果判定法』増田富江共著 医歯薬出版 1961
- 『栄養指導のための調査・統計と効果判定法』増田富江,望月英男共著 医歯薬出版 1965
- 『集団給食の理論と実際』共著. 第一出版 1965
- 『現代の栄養学』大木幸介共著 南江堂 1969
- 『栄養指導の科学 公衆栄養を展望して』共著. 医歯薬出版 1976
- 『集団給食管理』編 同文書院 1978
- 『OA化時代の食生活 静かなる労働と栄養』編著 (食と健康を考えるシリーズ 芽ばえ社 1985
- 『健康と食生活』編 (新日本新書) 新日本出版社 1986
- 『調理学総説』編著 第一出版 1986
- 『子どものアレルギーは自分でなおす むずかしいアレルギーのやさしいレッスン』城谷正雄共著 草土文化 1988
- 『燃えた栄養士の仲間 思い出の民主栄養協会』編. 高木和男, 1991
- 『給食管理実習書 第5版』共編 学建書院 1995