高木豊三
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丹波国桑田郡神吉村(現在の京都府南丹市)に、桑田郡代官の高木文右衛門の四男として生まれる[2]。司法省明法寮に入学し、ギュスターヴ・エミール・ボアソナードにフランス法を学んだ。卒業後、司法省に出仕し、ついで太政官法制局に移った。1884年(明治17年)、判事となり、1886年(明治19年)から4年間ドイツに留学した。帰国後は、福島地方裁判所所長、大審院判事、司法省民刑局長、司法次官を歴任した。
1898年(明治31年)に退官した後は、弁護士を開業し、日本赤十字社法律顧問、東京商業会議所特別会員となった。1900年(明治33年)9月26日、貴族院議員に勅選され[3][4]、1901年(明治34年)には法学博士の学位を授与された[5]。
日本の近代法の基礎を築いた先駆者の一人で、著書に『刑法義解』『民事訴訟法論綱』など。帝国大学や東京法学校(現・法政大学)そして明治法律学校(明治大学法学部)の講師、法典調査委員なども務めた。
