高松神社
静岡県御前崎市の神社
From Wikipedia, the free encyclopedia
概要
祭神
歴史

文武天皇の命により701年(旧暦大宝元年9月)に創建されたとされている[3]。文武天皇の夫人である藤原宮子が熊野三山に対して安産を祈願したところ[3]、無事に首皇子を産むことができた[3]。これを受けて、文武天皇は東方に3つの神社を建て、そこに熊野三山の神々を祀ることにした[3]。宮地についてさまざまな検討がなされたのち、遠江国城飼郡西大渕村に三熊野神社、城飼郡門屋村に高松神社、城飼郡入山瀬村に小笠神社が建てられることになった[3]。
三熊野神社、高松神社、小笠神社に祭神を勧請する際には、熊野三山から海上を船で移動することになった[3]。701年(旧暦大宝元年8月)、遠江国城飼郡合戸村の砂浜に船が到着し[3]、その翌日に祭神は仮殿に遷座した[3]。その後、各神社の本殿が完成すると、祭神は本殿に遷座した[3]。なお、熊野三山は熊野本宮大社、熊野速玉大社、熊野那智大社の3社で構成されているが[3]、三熊野神社は熊野本宮大社に[3]、高松神社は熊野速玉大社に[3]、小笠神社は熊野那智大社に[3]、それぞれ対応している[3]。
その後、高松神社は多くの信仰を集めることになった。源頼朝が伊豆国に配流される際にも[3]、高松神社に祈願したという[3]。後年、頼朝は鎌倉幕府を開くに至ると、代官を高松神社に差し向けて代参させたという[3]。

