高槻電車区
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配置車両に表記されていた略号
過去の配置車両
歴史
- 1953年(昭和28年)12月:高槻電車区の建設工事に着手。
- 1956年(昭和31年)3月1日:高槻電車区が発足。
- 1966年(昭和41年)9月1日:高槻電車区野洲派出所が発足。
- 1970年(昭和45年)3月1日:野洲派出所が野洲電車区(現在の網干総合車両所野洲派出所)として分離。
- 1982年(昭和57年):201系の7両固定編成10本が新製配置された。
- 1986年(昭和61年):11月1日:京都電車区高槻派出所になり、高槻電車区が廃止[1]。京都派出所は京都電車区に、吹田派出所は宮原電車区吹田派出所に、今津派出所は京都電車区近江今津派出所になる[2]。
- 1987年(昭和62年)4月1日:国鉄分割民営化で西日本旅客鉄道の施設になる。
- 1994年(平成6年)9月4日:乗務員が所属する組織として、高槻電車区が復活[3]。
- 2002年(平成14年)3月23日:高槻電車区が廃止[4]。
