高橋貞次
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皇室関連の作刀
戦後は刀剣保存運動に尽力。皇室関連の作刀を多数行った。1951年(昭和26年)に伊勢神宮式年遷宮の御宝御神刀を鍛える。四年後の1955年(昭和30年)、これらの活動と成果が評価され、人間国宝に認定された。刀匠としては初の、愛媛県出身者では今日にいたるまで唯一の人間国宝である。刀匠からの人間国宝にはのちに、悠仁親王の守り刀を製作した天田昭次らが出ている。
受賞後の1959年(昭和34年)、皇太子明仁親王(現・明仁上皇)成婚に際して皇太子妃美智子(現・上皇后美智子)の守り刀を鍛える。ちなみに明仁親王の守り刀を鍛えたのは、二代目師匠月山貞勝である。 その後、1960年(昭和35年)の徳仁親王[1]、1965年(昭和40年)の礼宮文仁親王(現・秋篠宮)に至るまで、皇太子妃所生の皇男子の守り刀を鍛え続けた。