高歩院
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位置
北緯35度41分59.8秒 東経139度41分11.9秒 / 北緯35.699944度 東経139.686639度座標: 北緯35度41分59.8秒 東経139度41分11.9秒 / 北緯35.699944度 東経139.686639度
山号
鎮国山
院号
高歩院
| 高歩院 | |
|---|---|
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鉄舟会道場。高歩院に隣接してある。 | |
| 所在地 | 東京都中野区中央1-22-3 |
| 位置 | 北緯35度41分59.8秒 東経139度41分11.9秒 / 北緯35.699944度 東経139.686639度座標: 北緯35度41分59.8秒 東経139度41分11.9秒 / 北緯35.699944度 東経139.686639度 |
| 山号 | 鎮国山 |
| 院号 | 高歩院 |
| 宗派 | 臨済宗天龍寺派 |
| 本尊 | 聖観音 |
| 創建年 | 昭和18年(1943年) |
| 開山 | 関精拙 |
| 開基 | 山岡鉄舟 |
| 公式サイト | 臨済宗天龍寺派 高歩院 ― 山岡鉄舟居士ゆかりの地で |
| 法人番号 | 9011205000247 |
1943年(昭和18年)、関精拙によって開山された。当地は元々山岡鉄舟の邸宅であり、後に東伏見宮家別邸となった。その後1941年(昭和16年)に民間に払い下げられた[1]。
そして払い下げを受けた人物は、これらの由来を知り、土地の一部(庭園)を当時臨済宗管長だった関精拙に寄贈した[2]。なお精拙本人は生前、鉄舟の師・由理滴水を勧請開山とするつもりでいたが、精拙を開山とすることになった[2]。
精拙は、ここに鉄舟を開基とする寺を創建することになった。鉄舟の念持仏だった聖観音を本尊とし、鉄舟の諱だった「高歩(たかゆき)」に因み、名称を「高歩院」とした。しかし1945年(昭和20年)の東京大空襲で、かつての庭園は跡形もなくなってしまった[1]。精拙も1945年(昭和20年)10月2日に寂した。戦後大森曹玄らにより再興された。