高野公男
From Wikipedia, the free encyclopedia
1954年[1]にビクターレコード専属の作詞家としてデビューしたもののこれといったヒット曲もなく、鳴かず飛ばずの状態が続いたがもう後がないと思って売り込みに行ったキングレコードで春日八郎を担当していたスタッフの目にとまり、春日の歌唱による『別れの一本杉』が大ヒットして一躍名の知られる作詞家となった。
その後コロムビア専属となっても、船村とのコンビで数々のヒット曲を生み出す。高度経済成長時代の当時、田舎のにおいが感じられる公男の詞による曲は集団就職などで都会に出てきた若者たちの心をとらえた。
しかし1955年、『別れの-』のヒットから間もなく公男は肺結核に侵され翌1956年9月8日、国立水戸病院で死去、26歳没。
代表作『別れの一本杉』
『別れの一本杉』以外の主な作品
- あの娘が泣いてる波止場(三橋美智也)
- ご機嫌さんよ達者かね(三橋美智也)
- ハンドル人生(若原一郎)
- 早く帰ってコ(青木光一)
- 男の友情(青木光一)
- 三味線マドロス(美空ひばり)