父が満州鉄道病院の歯科医をしていた関係で、中国の奉天に生まれる。
東京歯科大学卒業後、父の後を継いで歯科医をしていたが、画家の岩田専太郎の知遇を得て、青柳プロに入社。市川崑監督の映画『夜来香』でデビュー。当時の芸名は川喜多小六。1952年(昭和27年)、松竹に移籍し、「川喜多雄二」に改名。
1950年代である昭和20年代後半から昭和30年代前半にかけて多くの松竹映画に出演し、佐田啓二(中井貴一の父)・高橋貞二らとともに『新・松竹三羽烏』と称された。昭和40年代前半(1960年代後半)に俳優を引退。元々歯科大学出でヒョンなことから俳優になっただけで[1]、歯科医になった[1]。
2011年5月9日死去[2]。87歳没。墓所は青山霊園。