高野哲

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別名 TETSU
生誕 (1972-12-12) 1972年12月12日(53歳)
ジャンル ロック
髙野 哲
別名 TETSU
生誕 (1972-12-12) 1972年12月12日(53歳)
出身地 日本の旗 日本 北海道帯広市
ジャンル ロック
職業 ヴォーカリスト
ギタリスト
作詞家
作曲家
担当楽器 ヴォーカル
ギター
レーベル afro skull records
共同作業者 MALICE MIZER
MEGA⑧BALL
ZIGZO
nil
THE JUNEJULYAUGUST
インディーズ電力
THE BLACK COMET CLUB BAND
Disco Volante
公式サイト afro skull records

高野 哲(たかの てつ、1972年12月12日 - )は、日本ヴォーカリストギタリストnilTHE JUNEJULYAUGUST、インディーズ電力、ZIGZOTHE BLACK COMET CLUB BAND鉄人Disco Volanteヴォーカル&ギターとして活動。北海道帯広市出身。

北海道帯広市で生まれ、すぐに札幌市に移り住んだ。その後茨城県水戸市三の丸に転居し、国立の幼稚園に入園したものの1年で東京都へ転居し、巣鴨の幼稚園に転入した[1]。その後は東京で育ったが、生まれ故郷である北海道への思い入れが強く、プロフィールの出身地欄に「東京都帯広市」という架空の地名を書いていたこともある[2]

高校卒業後、アルバイトしていた新宿のカラオケ店でMana(Gt)、Közi(Gt)と出会い、人間性に惹かれて1992年ヴィジュアル系ロックバンドMALICE MIZERを結成[1]、初代ヴォーカルとなる。名前はtetsuと表記していた。高野在籍時の公式音源は1994年7月にリリースされたアルバム『memoire』(12月にボーナストラック「バロック」を収録し『memoire DX』として再リリース)のみであるが、2代目ヴォーカルGacktの歌でリリースされた「ma chérie~愛しい君へ~」と「死の舞踏」は高野在籍時からライブで演奏されており、元となる詞は高野によるものである(リリース時には一部が変更され、作詞のクレジットはMALICE MIZER名義となっている)。音楽的方向性・活動方針の違いから、1994年12月27日に脱退。脱退後もメンバーとは交流があり、Közi は2013年2月に高野が出演するライブを観に行ったことをTwitterで報告していた[3]。また、同年5月8日にはポップカルチャー情報媒体「Rooftop」の公式サイトにてKöziとの対談が実現した。[4]

1995年にMega 8 Ballの結成に参加。名前の表記はTETSU。アルバム『Hybrid』をリリースしたが、中心人物であったベースのRIKIJIがOBLIVION DUSTへ加入するため、1998年、活動休止となる。

1998年、ヴォーカルギターを行うソロワークとしてnilの活動を開始。旧友の樫本博之(Ba)、茂呂亨志(Ds)を迎え、3ピースバンドとなったが、11月、樫本の脱退をきっかけに活動を休止した。

1998年夏、当時バンド活動を行っていなかった元BY-SEXUALのRYO(Gt)、DEN(Ba)、元L'Arc〜en〜CielSAKURA(Ds)がセッションを行い始め、高野が加わった(ZIGZO在籍時の表記はTETSU)。高野とSAKURAは、1993年1月以前に共通の知り合いを介して知り合っていた[5]1999年2月、渋谷ラ・ママで「マリス・アン・セックス」というバンド名でシークレットライブを行った後、バンド名をZIGZOと発表し、4月13日より本格始動した。7月1日、1stシングル「血と汗と涙の裏側のハッピー」で日本コロムビア傘下のTRIADレーベルよりメジャーデビュー。8枚のシングル、2枚のオリジナルアルバム、1枚のベストアルバム、2本のVHSと1枚のDVDをリリースし、2002年3月16日、ツアー「THE LAST SCENE ZIGZO」赤坂BLITZ公演を最後に解散した。

ZIGZO解散ツアー前の2002年1月、オリジナルメンバーでnilの活動を再開した(これ以降、名前は本名である高野哲を用いている)。自主レーベルafro skull recordsを立ち上げ、9月に1stアルバム『nil from hell』をリリース。2005年3月樫本、茂呂が脱退し、4月に小林勝(Ba、元SOY SAUCE SONIX、元Sadsクロマニヨンズ)、大古殿"FURUTON"宗大(Ds、元THE SPACE COWBOYS、元OBLIVION DUST、元MEGA 8 BALLサポート、元HYDE BAND、現在音楽活動から引退)が加入。大古殿は同年10月に脱退し、12月に風間弘行(Ds、元the fantastic designs、BRANCO)が加入した。

2006年より「単独行動」と称してソロ活動を開始。8月、アルバム『The Ball&Wall』をリリースし、以後、nilの活動と並行してライブ活動を行っている。

2010年、ピアノの佐藤統(opening)とドラムの梶原幸嗣(元REDЯUM、HUMAN TAIL)と、ベースレスの3ピースバンドTHE JUNEJULYAUGUSTを結成。8月、1stシングルをリリースした。

2011年3月11日に起きた東日本大震災をきっかけに、うつみようこ(元メスカリン・ドライヴ、元ソウル・フラワー・ユニオン、うつみようこ&YOKOLOCO BAND)を「代表取締役社長」、佐藤タイジTHEATRE BROOK、TAIJI at THE BONNET、The SunPaulo)を「専務取締役」、高野を「常務取締役」と称する3ピースアコースティックバンド、インディーズ電力を結成。2014年9月、初のオリジナルアルバム「はじめての感電」をリリース。うつみようこは2015年4月、リリースツアー「感電のススメ」最終日、いわきburrows公演をもって会長職へと勇退した。2017年、オレスカバンドのヴォーカル&ギター、iCasが「新社長」に就任。

2011年11月、Shibuya O-WESTで開催されたSAKURA主催ライブ「暗黒秋櫻」に元ZIGZOの4人が出演。サプライズでZIGZOとして演奏し、2012年3月17日に赤坂BLITZでライブを行うことを発表した[6]。ライブ、ツアーを行った後、2012年10月、アルバム『THE BATTLE OF LOVE』で日本クラウンより再メジャーデビュー。同月、自身のキャリアで初となる渋谷公会堂ワンマンライブを行った。

2015年、nilの小林勝(Ba)、風間弘行(Ds)、THE JUNEJULYAUGUST佐藤統(Pf)、梶原幸嗣(Ds)と5ピースロックバンドTHE BLACK COMET CLUB BANDを結成。8月にRISING SUN ROCK FESTIVALで初公式ライブを行った。10月、1stアルバム『THE BLACK COMET CLUB BAND』をリリース。

2019年10月26日より、CIRCLE.EXとして吉田トオルとイベントを開催。元々吉田トオルのソロ活動CIRCLEに興味を持ったことがきっかけ。その場で客席からコードや言葉を貰い作曲をするスタイルを面白く思い、CIRCLE.EX-ACT.吉田トオルWITH.髙野哲として東名阪でのツアーも実施。[7]定期的に楽曲を作成する中で、正式に楽曲としてのリリースをしたいと感じるようになり、2021年4月よりPREPPY BOY SLIPPYとして活動を始めた。

2022年1月1日、Afroskull Recordのホームページがリニューアルされると同時に、新バンドとしてDisco Volanteの活動開始を発表。

2023年、17年ぶりの2枚目のソロアルバム『all songs is lovesong』を4/14に、3枚目のソロアルバム『all songs from Thunder Road』10/21にリリース。50歳に準え、50本「単独行動」ツアーを行った。

HOME SWEET HOME

脚注

外部リンク

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