巣鴨

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巣鴨
町丁
北緯35度44分09秒 東経139度44分05秒 / 北緯35.735958度 東経139.734647度 / 35.735958; 139.734647
日本の旗 日本
都道府県 東京都の旗 東京都
特別区 豊島区
地域 巣鴨地域
人口情報2023年(令和5年)1月1日現在[1]
 人口 19,024 人
 世帯数 11,800 世帯
面積[2]
  0.792980968 km²
人口密度 23990.49 人/km²
郵便番号 170-0002[3]
市外局番 03(東京MA[4]
ナンバープレート 練馬
ポータルアイコン ポータル 日本の町・字
ポータルアイコン ポータル 東京都
プロジェクト 日本の町・字
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巣鴨(すがも)は、東京都豊島区町名。現行の行政地名は巣鴨一丁目から巣鴨五丁目。全域で住居表示が実施されている。

巣鴨駅には、東日本旅客鉄道JR東日本)の山手線東京都交通局都営地下鉄)の三田線が走っている。また、近くに、東京都交通局都電荒川線巣鴨新田停留場庚申塚停留場新庚申塚停留場がある。

歴史

  • 江戸期には武蔵国豊島郡に現在の豊島区の東半分を占める地域に巣鴨村が存在した。
  • 18世紀半ばには江戸市中の拡大と共に、巣鴨村の中山道に面する一角に巣鴨町上組・中組・下組が起立。江戸町奉行所の支配下に置かれることとなった。その後も巣鴨仲町、巣鴨原町、巣鴨辻町、巣鴨御駕籠町が起立した。
  • 1872年明治5年)、巣鴨辻町を小石川大塚辻町に改称。
  • 1878年(明治11年)7月22日郡区町村編制法により巣鴨一 - 四丁目(旧巣鴨町)、巣鴨仲町、巣鴨原町、巣鴨駕籠町、小石川大塚辻町が小石川区(現在の文京区の一部)に編入される。
  • 1889年(明治22年)4月1日市制町村制が施行され、東京府北豊島郡巣鴨町巣鴨村が発足。元来の巣鴨村はほぼ東西に二分され、東部三(字下新田・平松・宮下)が小石川区巣鴨一 - 四丁目・上駒込村・駒込妙義坂町・駒込染井町、小石川区小石川大塚辻町の飛地とともに巣鴨町に、西部四字(字向原・宮仲・新田・庚申塚)が池袋村・新田堀之内村と雑司ヶ谷村の一部及び堀之内村・中丸村・長崎村のそれぞれ飛地とともに(新)巣鴨村にそれぞれ編入された。また、元来の巣鴨村の飛地は字下新田の飛地が小石川区(現在の文京区千石四丁目23~25番、巣鴨大鳥神社一帯)に、字代地が高田村(現在の豊島区目白二丁目27~33番、目白三丁目12・15~22番の全域、および西池袋二丁目1~4番の各一部)にそれぞれ編入された。
  • 1897年(明治30年)11月19日江戸幕府最後の将軍徳川慶喜静岡の謹慎生活から28年ぶりに帰京して移り住む。巣鴨邸は、中山道(現白山通り)に面して門があり、庭の奥は(生家の)水戸藩に因んだ林になっており、町の人々からは「ケイキさんの梅屋敷」と呼ばれ親しまれた。
  • 1918年大正7年)7月20日、巣鴨村が町制を施行し西巣鴨町と改称。
  • 1926年(大正15年)3月19日、向原から出火。東北の烈風で火の手が広がり597戸が焼失。消防隊のポンプ車による消火活動のほか、赤羽工兵大隊から1個小隊が出動して破壊消防も行われた。放火の疑い[10]
  • 1932年昭和7年)10月1日、巣鴨町・西巣鴨町共に東京市に編入され、高田町・長崎町と共に豊島区の一部となる。したがって、今日「巣鴨」といえば巣鴨駅・高岩寺周辺の一帯のみを指すが、元来は駒込駅 - 池袋駅一帯を指す広域地名である。

※「巣鴨プリズン」は現在の池袋地区(現在のサンシャインシティの敷地)に立地していたが、「巣鴨」を冠することや立地当時の旧区域住所名などの要因から、しばしば巣鴨の施設として紹介される。

世帯数と人口

2023年(令和5年)1月1日現在(東京都発表)の世帯数と人口は以下の通りである[1]

丁目世帯数人口
巣鴨一丁目 2,544世帯 3,860人
巣鴨二丁目 595世帯 776人
巣鴨三丁目 3,125世帯 4,975人
巣鴨四丁目 3,700世帯 6,220人
巣鴨五丁目 1,836世帯 3,193人
11,800世帯 19,024人

人口の変遷

国勢調査による人口の推移。

人口推移
人口
1995年(平成7年)[11]
15,687
2000年(平成12年)[12]
15,857
2005年(平成17年)[13]
15,979
2010年(平成22年)[14]
18,792
2015年(平成27年)[15]
19,158
2020年(令和2年)[16]
19,794

世帯数の変遷

国勢調査による世帯数の推移。

世帯数推移
世帯数
1995年(平成7年)[11]
7,677
2000年(平成12年)[12]
8,251
2005年(平成17年)[13]
8,860
2010年(平成22年)[14]
10,661
2015年(平成27年)[15]
11,273
2020年(令和2年)[16]
11,760

学区

区立小・中学校に通う場合、学区は以下の通りとなる(2017年12月現在)。なお、豊島区の小・中学校では学校選択制度を導入しており、以下の指定校に隣接している通学区域の学校も選択することが可能[17]

丁目番地小学校中学校
巣鴨一丁目34~49番豊島区立巣鴨小学校豊島区立西巣鴨中学校
1〜33番
50〜51番
豊島区立仰高小学校豊島区立駒込中学校
巣鴨二丁目全域
巣鴨三丁目1〜4番
19〜39番
5〜18番豊島区立清和小学校豊島区立巣鴨北中学校
巣鴨四丁目1〜26番
28番1〜8・17〜21号
29番1〜7号、20号(一部)
29番21〜22号
32番1〜4号、5号(一部)
32番17〜20号
33番
27番
28番8〜19号、20号(一部)
30〜31番
32番5号(一部)、6〜16号
34〜44番
豊島区立朝日小学校
巣鴨五丁目全域

産業

事業所

2021年(令和3年)現在の経済センサス調査による事業所数と従業員数は以下の通りである[18]

丁目事業所数従業員数
巣鴨一丁目 528事業所 5,641人
巣鴨二丁目 188事業所 2,790人
巣鴨三丁目 341事業所 2,572人
巣鴨四丁目 212事業所 1,064人
巣鴨五丁目 114事業所 847人
1,383事業所 12,914人

事業者数の変遷

経済センサスによる事業所数の推移。

事業者数推移
事業者数
2016年(平成28年)[19]
1,414
2021年(令和3年)[18]
1,383

従業員数の変遷

経済センサスによる従業員数の推移。

従業員数推移
従業員数
2016年(平成28年)[19]
11,834
2021年(令和3年)[18]
12,914

企業

出身有名人

その他

脚注

外部リンク

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