高階浄階 From Wikipedia, the free encyclopedia 時代 平安時代初期生誕 不明死没 承和元年10月8日(834年11月12日)別名 清階 凡例高階浄階時代 平安時代初期生誕 不明死没 承和元年10月8日(834年11月12日)別名 清階官位 従四位上・少納言主君 嵯峨天皇→淳和天皇→仁明天皇氏族 高階氏子 石河、河子テンプレートを表示 高階 浄階(たかしな の きよしな)は、平安時代初期の貴族。名は清階とも記される。左大臣・長屋王の子である内匠頭・安宿王の後裔。官位は従四位上・少納言。 嵯峨朝の弘仁4年(813年)従五位下に叙爵する。少納言を経て弘仁11年(820年)従五位上に叙せられる。 弘仁14年(823年)淳和天皇の即位に伴って正五位下に叙せられると、天長元年(824年)正五位上、天長2年(825年)従四位下と淳和朝初頭に急速に昇進し、天長8年(831年)従四位上に至る。 承和元年(834年)10月8日卒去。 官歴 注記のないものは『日本後紀』による。 弘仁4年(813年) 正月7日:従五位下 弘仁8年(817年) 2月7日:見少納言[1] 弘仁11年(820年) 正月7日:従五位上 弘仁14年(823年) 4月27日:正五位下 天長元年(824年) 正月7日:正五位上 天長2年(825年) 正月7日:従四位下 天長8年(831年) 正月7日:従四位上 承和元年(834年) 10月8日:卒去 系譜 父:不詳 母:不詳 生母不明の子女 男子:高階石河[2](784-842) 女子:高階河子[3] - 嵯峨天皇後宮 脚注 ↑ 『類聚符宣抄』巻6 ↑ 『続日本後紀』承和9年5月29日条 ↑ 『日本文徳天皇実録』仁寿4年3月20日条 参考文献 森田悌『日本後紀 (下)』講談社学術文庫、2007年 Related Articles