高階経成

From Wikipedia, the free encyclopedia

高階 経成(たかしな の つねなり、治安元年(1021年) - 天永2年(1111年)4月)は、平安時代後期の貴族美濃守高階業敏の子。官位正四位下常陸介

白河朝にて丹波守丹後守備後守を歴任し、のち、位階正四位下に至る。

康和5年(1103年)2月に高階能遠が常陸介に任ぜられるが[1]、4月に辞退したため、後任として経成が83歳ながら任ぜられる。長治2年(1105年参議藤原宗忠の邸宅に訪れた際、85歳にして起居が軽やかで素早く、目も耳もしっかりしているなど、老いても健康な様子は公卿諸大夫に比する者がないとして、宗忠を驚かせている[2]。常陸介を辞したのち出家し、天永2年(1111年)4月に卒去享年91。

勅撰歌人として、『金葉和歌集』に和歌作品1首が採録されている[3]

官歴

系譜

脚注

参考文献

Related Articles

Wikiwand AI