高嶋酒類食品
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沿革
高嶋家の本家にあたる高嶋太助は、江戸時代の末期に東明(現在の御影塚町)で酒造業を営んでいた[4]。その影響を受けて[4]、初代平介は造り酒屋から酒粕を仕入れて売る酒粕問屋を営むようになったが[5]、さらに酒粕を原料とする粕取り焼酎(酒粕焼酎)の製造に乗り出した[5]。明治3年(1870年)という「創業年」は焼酎製造のために必要な国の免許を取得した年である[6][5][注釈 1]。
1896年(明治29年)、本みりん「白菱」の製造を開始[6][4][注釈 2]。
1904年(明治37年)、日露戦争を背景とする旺盛な酒需要に応えるため灘の蔵元が酒を増産し、それにともなって出た大量の酒粕をふんだんに使った奈良漬の製造販売を開始[6][7]。1930年(昭和5年)に「甲南漬」を商標登録した[5]。
商品
- 甲南漬
- はくびし本みりん

