髷替え From Wikipedia, the free encyclopedia 割れしのぶ 舞妓風のおふく 髷替え(まげかえ、わげかえ)とは、京都の舞妓が舞妓に出て年数が経った頃に髪型を割れしのぶからおふく(ふく髷とも)に結いかえることをさす[1]。 だいたい舞妓になって2〜3年目頃に行われる[2]。舞妓でも年長者となり芸妓に一歩近づいた存在となる[3]。 髷替えと水揚げ 戦前までの京都の花街では、舞妓に水揚げの旦那がつくと「髷替え」をしたので、「髷替え」は、いわば水揚げの証であった[4]のだが、現在の「髷替え」は、舞妓に出て年数が経ち見た目が少し大人びて立場もそれなりになった舞妓に合わせて、髪型も少し大人びたものに替えるというだけのことである[5]。また、現在の舞妓の水揚げも、色事抜きで、割れしのぶからおふくへと髪型を替える、事実上の「髷替え」とされることがある[6]。 脚注 [脚注の使い方] ↑ 『京都 舞妓と芸妓の奥座敷』p.61、『komomo』p.93、等々。 ↑ 『京都花街 ファッションの美と心』p.12、『京都 舞妓と芸妓の奥座敷』61頁、『祇をん市寿々』「舞妓さんの持ち物と髪型」、『京都 花街』p.300、等々、参照。 ↑ 『京都 舞妓と芸妓の奥座敷』p.61、『お茶屋遊びを知っといやすか』pp.48-49、等々、参照。 ↑ 「今は昔祇園の夜話」p.98、「祇園随想」p.87、『祇園うちあけ話』pp.69-70、『祇園よいばなし』pp.63-66、『京都 舞妓と芸妓の奥座敷』p.61、『未知の京都』p.160、『京都花街 ファッションの美と心』p.13、等々、参照。 ↑ 『京都 舞妓と芸妓の奥座敷』p.61、『京都花街 ファッションの美と心』p.12、「祇園随想」p.87、等々、参照。 ↑ 『芸妓峰子の花いくさ』pp.170-171。なお、「旦那について」宮川町小糸『宮川町 芸妓さん舞妓さんのページ』では、初めて旦那を持つことを水揚げだと定義している。 参考文献 相原恭子『京都 舞妓と芸妓の奥座敷』文春新書、2001年10月20日。 相原恭子『未知の京都』弘文堂、2007年7月31日。 相原恭子『京都花街 ファッションの美と心』淡交社、2011年7月6日。 岩崎峰子『芸妓峰子の花いくさ』講談社、2001年7月18日。 臼井喜之助 熊谷康次郎 稲岡傳左衛門『今は昔祇園の夜話(『太陽』所収)』平凡社、1972年6月。 荻野NAO之『Komomo』講談社、2008年4月14日。 早崎春勇『祇園よいばなし』京都書院、1990年10月10日。 溝縁ひろし『祇をん市寿々』小学館、2000年10月10日。 溝縁ひろし『京都 花街』(改訂版)光村推古書院、2005年3月3日。 三宅小まめ 森田繁子『祇園うちあけ話』PHP文庫、2004年。 安田武『祇園随想(『太陽』所収)』平凡社、1972年6月。 山本雅子『お茶屋遊びを知っといやすか』廣済堂、2001年。 関連項目 割れしのぶ おふく 先笄 外部リンク 宮川町小糸『宮川町 芸妓さん舞妓さんのページ』 「髷替え」宮川町小糸『宮川町 芸妓さん舞妓さんのページ』 『京都祇園観光案内』 「日本髪」たかまろ「ごまめの歯軋り」 『MBS京都見聞録』 - ウェイバックマシン(2018年10月24日アーカイブ分) 祇をん真箏「第19回大きい舞妓はん・小さい舞妓はん」『京女、まことちゃんが行く!』 - ウェイバックマシン(2017年6月28日アーカイブ分) この項目は、日本の文化に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(ポータル 日本・ウィキプロジェクト 日本文化)。表示編集 この項目は、ファッションに関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(ポータル ファッション)。表示編集 Related Articles