魚釣島灯台
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位置
北緯25度44分31秒 東経123度27分37秒 / 北緯25.74194度 東経123.46028度座標: 北緯25度44分31秒 東経123度27分37秒 / 北緯25.74194度 東経123.46028度
塗色・構造
白色・やぐら形
| 尖閣諸島灯台 | |
|---|---|
![]() | |
| 航路標識番号 [国際標識番号] | 7300 |
| 位置 | 北緯25度44分31秒 東経123度27分37秒 / 北緯25.74194度 東経123.46028度座標: 北緯25度44分31秒 東経123度27分37秒 / 北緯25.74194度 東経123.46028度 |
| 所在地 | 沖縄県石垣市字登野城尖閣2392番地 |
| 塗色・構造 | 白色・やぐら形 |
| 灯質 |
単閃白光 毎5秒に1閃光 |
| 実効光度 | 140 cd |
| 光達距離 | 5.5海里(約10.2km) |
| 明弧 | 全度 |
| 塔高 | 5.6 m (地上 - 塔頂) |
| 灯火標高 | 18 m (平均海面 - 灯火) |
| 初点灯 | 1978年(昭和53年)8月12日 |
| 管轄 |
海上保安庁 第十一管区海上保安本部 |
1978年(昭和53年)8月11日、日本青年社が尖閣諸島上陸決死隊を結成し尖閣諸島に上陸、柱型の点滅式灯台を建設し、同13日に点灯した。これ以降、2005年(平成17年)に日本政府に譲渡されるまでの間、同社により毎年維持管理が行われた。初代灯台の電源は容量250日程度のバッテリーであった。1980年(昭和55年)付近を航行中のフィリピン船籍の貨物船が台風により遭難したが、この灯台を発見したことにより乗組員23名全員が無事救助されている。1988年(昭和63年)6月、同社が尖閣諸島上陸10周年を記念してアルミ軽合金のやぐら型の灯台に改築しバッテリーも太陽電池式とした。1996年(平成8年)には北小島に柱型の灯台を建設した。同年11月、台湾の上陸者により北小島灯台が破壊されたが12月には同社により修復された。
2004年(平成16年)7月31日、内閣官房が日本青年社会長に、「尖閣諸島灯台(魚釣島灯台)を正式に海図に記載し今後は日本政府が維持管理を引き継ぐ」との申し出を行い、2005年(平成17年)2月3日には同会長が内閣府にて内閣参事官と面会し灯台を国に無償譲渡することを伝えた。民法の規定により灯台は国庫帰属財産となり[2]、2005年(平成17年)2月9日午前3時00分の海上保安庁の航行警報をもって正式に灯台が国有化された。以降、航路標識法に基づく所管航路標識として海上保安庁が保守・管理している[3]。年に一回程度、同庁の職員がランプ交換等の保守点検を実施している[4]。14日には官報に国有化されたことが記載され、同25日には灯台が記載された海図が発売された[5]。
