鳥越貞敏
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鳥越貞蔵の長男[1][8]。田主丸中学校で修業し、後井上柳園を師として経史百家を学んだ[1]。1891年、家督相続と共に襲名して前名・金九郎を改めた[4]。貸金業を営む[10]。
諸会社銀行の創立にあずかり、その重役となったが、1897年(明治30年)9月29日、貴族院議員に任じ[14]、1904年(明治37年)9月29日に再任され[15][16]、政友会に属して[13]1911年(明治44年)9月28日まで2期在任した[7]。
吉井銀行頭取[3][5][8][12]、生葉共同乗馬会社、梅香社、吉井共同会、同保全社、朝日製粉各社長[3][5][8][12]、三池炭鉱取締役[4]、大成銀行監査役[5]などをつとめた。