鳥養貞長
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鳥養氏は淀川中流にある鳥養[3]を拠点とした事が姓の由来[4]。今村慶満や藤岡直綱らと共に、淀川水系に拠点を持つ領主の一人であり[5]、三好長慶はこれら淀川水系の領主の掌握を進めていた[5]。飯尾流の鳥養宗慶とは親戚であり、行政能力の高さを買われて長慶に登用されたと考えられる[6]。長慶の拠点である芥川山城に、その他の三好政権における奉行人や、三好長逸、岩成友通、松永久秀夫妻らと共に暮らしていたと推測される[7]が、久秀夫妻や友通は史料により居住していた事が明らかになっているものの、貞長が居住していたかどうかは明白ではない[7]。
なお今谷明は、長慶の近臣(内衆)で摂津出身は貞長のみと推測しているが[8]、実際には野間長久など他にもおり、また松永久秀なども摂津出身であった可能性が濃厚になっている[9]。