鳳州 From Wikipedia, the free encyclopedia 鳳州(ほうしゅう)は、中国にかつて存在した州。南北朝時代から明初にかけて、現在の陝西省鳳県一帯に設置された。 魏晋南北朝時代 526年(孝昌2年)、北魏により設置された南岐州を前身とする。南岐州は固道郡・広化郡・広業郡の3郡を管轄した[1]。554年(廃帝3年)、西魏により南岐州は鳳州と改称された[2]。 隋代 隋初には、鳳州は2郡4県を管轄した。583年(開皇3年)、属郡の両当郡と広化郡が廃止された。605年(大業元年)に康州が廃止され、その管轄区域が統合され、5県を管轄した。607年(大業3年)に州が廃止されて郡が置かれると、鳳州は河池郡と改称され、下部に4県を管轄した[3]。隋代の行政区分に関しては下表を参照。 さらに見る 隋代の行政区画変遷, 区分 ... 隋代の行政区画変遷 区分開皇元年区分大業3年 州鳳州康州郡河池郡 郡両当郡広化郡広業郡県両当県 梁泉県河池県 同谷県 県両当県 梁泉県広化県 思安県同谷県 閉じる 唐代 618年(武徳元年)、唐により河池郡は鳳州と改められた。742年(天宝元年)、鳳州は河池郡と改称された。758年(乾元元年)、河池郡は鳳州と改称された。鳳州は山南西道に属し、梁泉・両当・河池・黄花の4県を管轄した[4]。 宋代以降 宋のとき、鳳州は秦鳳路に属し、梁泉・両当・河池の3県と開宝監を管轄した[5]。 元のとき、鳳州は興元路に属し、属県を持たない散州となった[6]。 1374年(洪武7年)、明により鳳州は鳳県に降格され、漢中府に属することとなった[7]。 脚注 [1]『魏書』地形志二下 [2]『周書』文帝紀下 [3]『隋書』地理志上 [4]『旧唐書』地理志二 [5]『宋史』地理志三 [6]『元史』地理志三 [7]『明史』地理志三 Related Articles