鵜飼勉

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国籍 日本の旗 日本
出身地 愛知県
生年月日 (1923-01-15) 1923年1月15日
投球・打席 右投右打
鵜飼 勉
基本情報
国籍 日本の旗 日本
出身地 愛知県
生年月日 (1923-01-15) 1923年1月15日
選手情報
投球・打席 右投右打
ポジション 二塁手
プロ入り 1943年
初出場 1943年5月15日[1]
最終出場 1943年11月7日[1]
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)

鵜飼 勉(うかい つとむ、1923年1月15日 - 没年不明)は、愛知県出身の元プロ野球選手(二塁手)。

中京商業(現・中京大学附属中京高等学校)在学中は、1940年春の甲子園に出場(初戦で京都商業〈現・京都学園高等学校〉に1-6で敗戦)。中京商時代の同級生・チームメイトに杉江文二(のち大和中日。杉江とは同じ生年月日でもある)がいる。

1943年西鉄軍に入団。5月15日南海戦(西宮球場)で初出場[1]。その後、二塁手のレギュラーとして定着した。打撃はやや非力だったが、選球眼は良く、四球三振を上回っている。IsoD(出塁率-打率)は.161とハイアベレージであった。しかし、同年シーズン終了後に西鉄軍を退団。戦後もプロ野球に復帰しなかった。

詳細情報

年度別打撃成績

















































O
P
S
1943 西鉄軍 6021616915273103213537--39--127--.160.321.189.510
通算:1年 6021616915273103213537--39--127--.160.321.189.510

背番号

  • 12 (1943年)

脚注

外部リンク

関連項目

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