鶴山八幡宮
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位置
北緯35度4分9.2秒 東経133度59分54.6秒 / 北緯35.069222度 東経133.998500度座標: 北緯35度4分9.2秒 東経133度59分54.6秒 / 北緯35.069222度 東経133.998500度
主祭神
譽田別尊、神功皇后、玉依姫
社格等
郷社
| 鶴山八幡宮 | |
|---|---|
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社殿 | |
| 所在地 | 岡山県津山市山北159 |
| 位置 | 北緯35度4分9.2秒 東経133度59分54.6秒 / 北緯35.069222度 東経133.998500度座標: 北緯35度4分9.2秒 東経133度59分54.6秒 / 北緯35.069222度 東経133.998500度 |
| 主祭神 | 譽田別尊、神功皇后、玉依姫 |
| 社格等 | 郷社 |
| 創建 | 慶長13年(1608年) |
| 本殿の様式 | 中山造 |
| 別名 | 八子の八幡さま |
| 例祭 |
夏季大祭:7月15日 秋季大祭:10月15日 |
| 地図 | |
鶴山八幡宮(つるやまはちまんぐう)は、岡山県津山市にある神社。祭神は譽田別尊、神功皇后、玉依姫。旧社格は郷社。「八子(やご)の八幡さま」とも呼ばれる。
本来は現在、津山城が築かれている鶴山山上にあった。しかし、江戸時代初期の慶長8年(1603年)森忠政が津山藩主として入府し、鶴山を城地として定めたため遷座することとなった。慶長10年(1605年)に吉井川の南岸、津山城から見て巽(南東)の津山市八出の覗山に一時遷座した。慶長13年(1608年)には、家運永久子孫繁昌を願って津山城の乾(戌亥・北西)の天門の鎮めとして改めて現在の地に再遷座した。
移転後、社殿が改めて造営された。寛永12年(1635年)および寛文9年(1669年)に2代藩主森長継が社殿の改築を行った。現在の本殿は寛文の改修の際に造営されたもので、現在、国の重要文化財に指定されている。森氏、改易後入府した松平氏の歴代藩主により社領50石が寄進され崇敬を受けた。
日光東照宮をまねて建立されたと言われる。[1] 現在は津山市北部の大産土神となっている。