鷹司兼熙
江戸時代前期から中期の公卿。鷹司房輔の長男。従一位、関白、左大臣。鷹司家17代。藤氏長者
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経歴
京都で誕生。寛文5年(1665年)に元服して、正五位下・左近衛少将に叙爵され、その翌年には早くも従三位となり、公卿に列する。
寛文10年(1670年)には権中納言。さらにその翌年には権大納言となる。延宝4年(1676年)に左近衛大将を兼任し、翌年従二位。さらに天和元年(1681年)内大臣へと進み、天和2年(1682年)には踏歌節会内弁となった。天和3年(1683年)右大臣に昇進。貞享元年(1684年)正二位へと進み、貞享3年(1687年)には皇太子傅役となった。
元禄3年(1690年)に左大臣に就任。さらに元禄16年(1703年)左大臣兼務のまま関白に就任し、藤氏長者となった。宝永元年(1704年)に左大臣のみ辞職。宝永2年(1705年)には従一位へと進んだ。宝永4年(1707年)に関白を辞する。享保10年(1725年)に薨去。享年67。