鹿又武三郎 From Wikipedia, the free encyclopedia 出生地 仙台藩宮城郡仙台在任期間 1919年(大正8年)7月17日 - 1927年(昭和2年)7月26日 日本の政治家鹿又 武三郎 出生地 仙台藩宮城郡仙台 仙台市長在任期間 1919年(大正8年)7月17日 - 1927年(昭和2年)7月26日テンプレートを表示 鹿又 武三郎(かのまた たけさぶろう、明治3年3月13日[1](1870年4月13日) - 1933年(昭和8年)[2])は、仙台市長。検事。弁護士。 仙台出身。1895年(明治28年)、東京法学院(現在の中央大学)を卒業し、判事検事登用試験に合格した[1]。1898年(明治30年)、湯沢区裁判所 検事となり、奈良地方裁判所検事、大阪地方裁判所検事、名古屋地方裁判所検事、富山地方裁判所検事正、名古屋控訴院検事、旭川地方裁判所検事正などを歴任した[1]。 1919年(大正8年)、仙台市長に就任し、2期8年務めた。3期目を目指した1927年(昭和2年)8月の仙台市長選挙では、市会(市議会)投票において13票を獲得するも、15票を獲得した山口龍之助に及ばず落選した[3](当時の市長は公選ではなかった)。 この選挙戦では、市会において鹿又派と山口派が多数派工作のために激しく対立、市会の過半数の支持を獲得できなかった山口は、当選後にも困難な市政運営を強いられることになった[3]。 市長退任後は弁護士として活動し、仙台育英中学校理事長を務めた[4]。 脚注 1 2 3 『人事興信録』 ↑ 『全国歴代知事・市長総覧』日外アソシエーツ、2022年、35頁。 1 2 功刀俊洋「1946年の市長公選運動(3)」『行政社会論集』第9巻第1号、福島大学、1996年7月、1-71頁、CRID 1050001337527577472、hdl:10270/633、ISSN 0916-1384。 ↑ 『大衆人事録』 参考文献 人事興信所編『人事興信録 第5版』人事興信所、1918年。 帝国秘密探偵社編『大衆人事録 第3版』帝国秘密探偵社、1930年。 表話編歴 仙台市長1988年3月1日編入 泉市長 鈴木幸治1971-1988.2.29 官選 区長 松倉恂1878-1885 小笠原幹1885.1.9-1886.8 十文字信介 市長 遠藤庸治1889.5.2-1898.3.7 里見良顕1898.4.8-1903.3.13 早川智寛1903.4.2-1907.7.1 和達孚嘉1907.7.2-1910.7.2 遠藤庸治1910.12.11-1914.11.4 山田揆一1915.5.25-1919.5.24 鹿又武三郎1919.7.17-1927.7.26 山口龍之助1927.8.13-1930.6.7 渋谷徳三郎1930.8.31-1942.8.30 今村武志1942.9.23-1946.5.14 公選 岡崎栄松1946.6.17-1957.12.17 島野武1958.2.2-1984.11.6 石井亨1984.12.23-1993.7.3 藤井黎1993.8.22-2005.8.21 梅原克彦2005.8.22-2009.8.21 奥山恵美子2009.8.22-2017.8.21 郡和子2017.8.22- カテゴリ この項目は、日本の政治家に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:政治学/PJ政治)。表示編集 Related Articles