当麻 皇子(たいま の みこ、敏達天皇3年(574年?)以降用明天皇元年(586年?)以前 - 没年不詳)は、古墳時代後期から飛鳥時代前期にかけての皇族。麻呂子皇子ともいう。用明天皇の第三皇子。その母は『日本書紀』用明元年(五八六)正月壬子朔条は葛城直磐村の娘広子、『古事記』用明段は当麻之倉首比呂の娘飯女之子とする。当麻氏の本拠地である当麻(葛城市當麻)は葛城地域の一部であり、葛城の豪族の出身とする点で共通する[1]。子孫に中級官人となった当麻氏と大和高田を中心として活躍した平田党武家・当麻高田氏が出ている。大江山の鬼退治伝説で知られる。