大江山
京都府の山
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山としての大江山
全体を大江山連峰と呼ぶため大江山と呼ばれる頂上をもった峰があるわけではない。連山には北東寄りから鍋塚(なべづか、763.0メートル)、鳩ヶ峰(はとがみね、746メートル)、千丈ヶ嶽(せんじょうがたけ)、赤石ヶ岳(あかいしがたけ、736.2メートル)と呼ばれる峰がある。このうち、千丈ヶ嶽が最高峰で832.5メートルの標高があり丹後地方最高峰である。千丈ヶ嶽には二等三角点「千丈ケ岳」、鍋塚には三等三角点「大江山」、赤石ヶ岳には三等三角点「赤石岳」が設置されている[3]。登山口としては与謝野町、宮津市、福知山市大江町がある。
山腹にはブナの原生林が広がり、稜線付近はナナカマドやヤマボウシ、山頂には笹原が広がる[4]。千丈ヶ嶽山頂からは南西側に間近に三岳山、西側に氷ノ山、南東側に丹波高地の山々、福知山および綾部市街、さらに鍋塚は360°の展望が開け、若狭湾、丹後半島を始めとして、視程の良い日には氷ノ山および白山、愛宕山なども望むことができる[5]。

雲海
大江山連峰では、秋季から初冬にかけて早朝に雲海(放射霧および蒸気霧)が観測されることがある。これは、山麓を流れる由良川の水温と外気温の差によって発生した霧が、盆地特有の放射冷却によって冷却され、地表付近に滞留することで生じるとされている[6]。雲海の発生は10月下旬から12月上旬にかけて多く、前日に降雨があり当日が晴天かつ無風の早朝に観測されやすいとされる[7]。
発生した霧は接地逆転層によって上空への拡散が抑えられるため、標高の高い位置からは山麓より低い地域が雲に覆われたように見えることがある[8]。大江山連峰の8合目に位置する鬼嶽稲荷神社は雲海の観望地点として挙げられ、由良川沿いに発生した川霧を眼下に眺望することができる[9]。
鉱山としての大江山(大江山ニッケル鉱山と河守鉱山)
地質学的には地球の深部から隆起した地層で超塩基性(蛇紋岩)の岩盤を持つ。金属鉱脈が豊富で周辺には金屋など金属にまつわる地名が多く見られる。
古くから鉱床があることは認識されていたが、大江山北西山麓の与謝野町(旧加悦町)において日本火工(日本冶金工業の前身)の子会社が1934年(昭和9年)に探鉱を開始し、低品位ながら無尽蔵のニッケル鉱石があることを確認した。その後、1938年(昭和13年)から1940年(昭和15年)にかけて大江山の鉱石を製錬する実験を試みた結果ついに成功し、1940年(昭和15年)6月からフル操業を開始した。
当初の製錬は大江山から遠く離れた石川県七尾の元セメント工場で行われたが、太平洋戦争のための兵器製造に不可欠なニッケルを大量に確保するため大江山から近い、日本海に面した与謝郡吉津村(現在の宮津市)に新しい製錬所を建設し、そこへ専用鉄道(かつての加悦鉄道と日本冶金工業専用線)で輸送し、製錬した。
また大江山東側山麓の福知山市(旧大江町)佛性寺には
- 大江山ニッケル鉱山跡
鬼退治伝説
大江山には3つの鬼退治伝説が残されている。1つめは、『古事記』に記された、崇神天皇の弟の日子坐王(彦坐王)が土蜘蛛の
なお、酒呑童子の本拠とした「大江山」は、この丹後の大江山であったという説のほかに、京都市西京区にある山城国と丹波国の境、山陰道に面した
また、中腹に「日本の鬼の交流博物館」があり、館長は鬼の子孫と自称する人物であり、各地で講演など行っている。
