詩人である黄樹穀の子で、詩を家学とした。また篆書・隷書を得意とし山水画も巧みで董源・関同に師法している。父の死後一時貧窮したが、山東省兗州府済寧運河同知の官吏となる。金石文を探して収集し「訪碑図」を画いている。金石家である阮元・王昶・翁方綱・孫星衍らと交流した。
山東にある後漢の遺跡、武氏祠(嘉祥県武氏の祠)の石室は荒れるに任されていたが、黄易の努力によって保護された。
篆刻は丁敬に直接師事した。丁敬は黄易の作品をみて非常に喜んだという。秦・漢の印に学び独自の境地を拓いた。金石学に詳しいことから「丁黄」と並称される。