黒川渉
日本の司法官僚、検事
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経歴
東京市出身。1910年(明治43年)、東京府立四中卒業[3]。1917年(大正6年)、東京帝国大学法科大学独法科卒業[4]。同年、司法官試補となり、東京地方裁判所に勤務した[1]。
翌年、検事となり、神戸地方裁判所、東京地方裁判所を歴任した[1]。1926年(大正15年)より書記官として司法省刑事局に勤務し、1932年(昭和7年)には大臣官房会計課長となる[1]。1935年(昭和10年)、大審院検事に転じる[4]。1939年(昭和14年)には司法省刑事局長となり、東京控訴院検事を経て、1941年(昭和16年)に大審院検事となった[4]。思想検事の大御所と形容される塩野季彦直系の検事と括られる[5]。
1944年(昭和19年)、司法次官に就任。終戦後の1945年(昭和20年)9月まで務めたのち、同月に東京控訴院検事長に転じた[6]。1950年(昭和25年)12月25日に逝去。墓所は多磨霊園。
